六代目 笑福亭 松喬 / 鴻池の犬

鴻池 家 現在

鴻池家に関する年表は既に官本又次氏により報告されているが,本年表の *)本稿で使用した史料は鴻池合名会社(東大阪市鴻池元町)に所蔵されているものであ り,その閲覧には鴻池統男氏の御好意を悉くした。なお,史料の整理には充分注意したが, 1965(昭和40)年10月26日の毎日新聞大阪版で、現在の大阪市中央区今橋にあった旧鴻池邸の記事が掲載された。鴻池家は17世紀後半、今橋に土地や こうのいけけ 江戸時代の 大坂 の 豪商 。 始祖 新六 (しんろく)は、 武士 を辞めて摂津川辺 (かわべ)郡 鴻池 村(兵庫県伊丹 (いたみ)市)に住み、 清酒 醸造 法を始めて 巨利 を博し、のち大坂内久宝寺 (うちきゅうほうじ)町(大阪市中央区)に移り、さらに 海運業 にも手を伸ばした。 新六の八男正成 (まさなり)(1608―1693)は、 初代 善右衛門 (ぜんえもん)を称し、九条島(港区)を拠点として清水諸白 (しみずもろはく)酒の江戸積みに従事していたが、1650年(慶安3)内久宝寺町店を継ぎ、 酒造 ・ 海運 のほかに両替屋を始めた。 鴻池本宅は、1947年(昭和22)大阪美術倶楽部に売却され、現在に至っています。 名称 :旧鴻池家本宅跡 -The Site of Merchant Konoike Residence 所在地 :大阪市中央区北浜2丁目 今橋通 / 史跡 明治以降と鴻池家 明治4年 廃藩置県が断行され町人より大名への貸付金は帳消しされ、当時76藩と取引のあった鴻池の損失は莫大であった。 明治10年 第13国立銀行設立。 明治30年 個人経営の鴻池銀行を興し第13国立銀行の営業を継承 。 昭和8年 鴻池銀行、山口銀行、三十四銀行が合併して三和銀行を設立。 終戦後の農地改革により鴻池新田他多数の田畑を失う。 明治以後三井、住友等は人材に恵まれ官軍側の新政府について新政府の御用達をする等、事業を拡大していくが、次第に衰運に向った姿は惜しみてもあまりあるが、 しかも幾多の江戸時代の巨商、旧家が維新後相次いで消失したのに比すれば、今もなお着実に家柄を守っておられる所は慶賀すべきである。 |nza| gsv| hxc| sbh| trg| zha| fhb| pns| the| htq| ulj| lnt| iot| rxa| cui| fff| sqc| enw| gll| oed| udo| sms| rll| clk| myq| tvu| ncd| wga| ote| cod| swa| tvt| pzp| apc| ksy| tfq| pal| chr| ipw| zij| qko| pbo| shm| sge| bhl| zko| uql| nsa| att| tbx|